2007年8月8日
投稿者:mamuo
日時:2007年8月8日 00:29

躍動

2007-7-28%20149a.jpg
誰でも一度は勘違いはする
何かを勝ち取ったとき、良い成績をおさめたとき、人から称賛されたとき
若いときは尚更
自分を100%満たすものなんて、あの頃にはなかった
もし誰かが“生きるうえの道順”を教えてくれても、あの頃は聞く耳をもたなかっただろう
心はいつもお腹をすかせていた
型どおりに折る折り紙のような道を歩むのはいいけど自分には縁がなかった
ただ生きるうえの“糧”が欲しかった
ただそれだけ。。
ただその気持ちだけでこの世界の門を叩こうとした自分勝手な奴


典型的な大阪浪速の芸人。彼は数多い経歴の持ち主。
彼との出会いは1992年某テレビ局。
師匠に弟子入り志願を告げたその日。
午後1時、騒然とした生放送終了後の地下三階のスタジオ。警備員に羽交い絞めにされながら「お願いします!お願いします!」と若僧は気が狂ったように吠えている。
そのまま警備室の方に連れていかれる若僧のそばにその大阪浪速芸人が心配したまなざしで彼を見つめていた。その大阪芸人はその日だけ特別、師匠のお付をしていた。
警備室でしっかりお叱りを受けたあと、彼は大阪浪速芸人に連れられ局の玄関へ。
現実に戻り自分が起こした騒動に対して反省してる彼に大阪浪速芸人は「2~3日したら、また会おな!元気だし!あんたの情熱はわかったから、うち帰ってゆっくり休み!」。
約1ヶ月の間、個別で大阪浪速芸人との面談が行われた。
大阪浪速芸人「あんた付き人という仕事がどんなものかわかるか?」 
若僧「はい!だいたい。」 
大阪浪速芸人「休みないで~ええのか?」 若僧「ハイ、大丈夫です!」 
大阪浪速芸人「センチュリー運転できるか?」 若僧「大阪でセリカ運転してましたので!大丈夫やと…?」 大阪浪速芸人「首都高速運転できるか?」 若僧「大阪で阪神高速運転してたので~~」 
大阪浪速芸人「給料月3万円やで、ええか?」 若僧「え!?あ、はい!」
その他、面談を通して付き人としての初歩的な心得をたたきこまされた。
「とにかく何でも出来ます!やります!大丈夫です!」の一辺倒。彼にとってこれが無くなれば自分は本当に行き場所がなくなる、意地でもすがり付く思い。
彼は大阪浪速芸人の太鼓判と後押しのおかげ、ついに師匠の付き人として俳優としての道を踏み始めた。
若僧が生まれて初めて自分の道を自分で切り開いたと錯覚したときだった。
大阪浪速芸人のおかげとも知らないで。。。